書評『アート・オブ・アジャイルデベロップメント』

木下さん、平鍋さん。献本ありがとうございます。

アート・オブ・アジャイル デベロップメント ―組織を成功に導くエクストリームプログラミング (THEORY/IN/PRACTICE)

アート・オブ・アジャイル デベロップメント ―組織を成功に導くエクストリームプログラミング (THEORY/IN/PRACTICE)

監訳者について

まずは、『アジャイルな見積りと計画づくり』に続き、またもや重要な仕事を同僚がやり遂げたことについて、本当にうれしく、また誇りに思います。
平鍋さんは日本におけるアジャイルエバンジェリストであり、一方木下さんは日本におけるアジャイルの実践者です。そして、二人とも私の先輩や同僚として、普段から現実のビジネス課題を共有しています。
本書を読んでつくづく感じたのは、彼らが監訳を通じて発信したい想いと、現実のビジネス上での振る舞いに全くブレがないことです。つまり、木下さんや平鍋さんは、本気でアジャイルに向き合い、その価値を高めることで、ソフトウェア開発という仕事を生業にしようとしています。アジャイルごっこ」じゃありません。

私とアジャイル

一方私はというと、XPやScrumといった具体的なプロセスやそれらのプラクティスをフルで採用したことはなく、「必要であれば使う」という立場を貫いています。それはある意味、「私の今」を取り巻くビジネス環境において、「プロジェクトを成功させる」という目的を達成するために、最適化された戦術といえます。
今でもそれは変わっていませんが、アジャイルについて学べば学ぶほど、その本質に対する共感と親近感が増してくるのを感じます。本書では第2章に「アジャイルマニフェスト」が転載されていますが、この4つのシンプルな価値の追求は、「アジャイルな人たち」の専売特許ではありません。

組織の変革リーダーとして読む

本を読むときは、どういう立場で読み込むかによって、その味わいは変わってきます。私は今回は、「組織の変革リーダー」として読んでみました。少し大げさですが、要は「組織をよりよくするために変化を促す立場」です。
特に、第4章・第5章・第6章をじっくり読みました。その中でも第6章「協力すること」の前半に関しては、自分が書いたんじゃないか?と勘違いするくらい、私の想いとシンクロするものを感じます。「6.1 信頼」の節は、ソフトウェア開発とは直接関係のない組織や部署にとっても重要なことが書かれています。例えば総務や人事部門の人たちと一緒に読むのも面白いでしょう。私は、「チームの継続」「頑張りを見せる」「コミットメントを果たす」「正直になる」がとても気に入りました。
そしてもちろん、ソフトウェア開発者としての立場から読み込んでも、読みどころはたくさんありました。たとえば、第7章「リリースすること」の「7.2 バグなし」は、「ソフトウェアにバグはつきものだ」「だからテスト工程で担保する」といった考えを持つ私にとっては衝撃的ですらあります。TDDをもっと突き詰めてみたいと考えるよいきっかけになりました。

開発者にも管理職にも読んでほしい

私の周りには、アジャイルなアプローチによる現場変革を試みる開発者が大勢います。しかし、それと同じくらい、変化を望まない開発者もたくさんいます。「4.2.1 変化への備え」でも示唆していますが、変化はそれ自体がストレスです。(同じくサティアの変化モデルをたくさん引いている『ワインバーグのシステム変革法』にも「慣れは、常に快適さより強力である。」との一文を見つけることができます)
XPを代表とするアジャイルな仕組みを組織に取り入れることは、開発者個人にも変化を求めることになります。本書でも繰り返し指摘していますが、変化の成果を感じるまでには、相当の時間がかかります。それは、現場の開発者それぞれが、変化のもたらす価値に納得するまでに時間がかかるからです。
私は、開発者がアジャイルをよりいっそう普及させるには、「会社や組織がアジャイルを拒む」といったことだけに注目するのではなく、「開発者自身がアジャイルの価値を理解しない」ことに関して意識を払う必要があると考えます。アジャイルの厳しい規律にのっとり開発することは、しばらくは筋肉痛を引き起こすかもしれないけれども、いつかは個人的な成功につながることを納得してもらい仲間を増やしていく必要があるでしょう。
本書は分厚いですがパート分けが巧みです。そのため、アジャイルに対する理解度によって読み方を変えることができます。たとえば、今からXPを導入しようというチームのメンバーには、パートIIの内容を実戦で理解してもらいつつ、パートIの内容に関して別途読書会といった形を取って時間をとって議論するとよいでしょう。
そして管理職は、彼らがアジャイルを通じて何を実現しようとしているのか、彼らは本気で個人と組織の成功をバランスしようとしているのか、それを知る必要があります。
本書は、そのためのチェックとしても使えるでしょう。「アジャイルを導入したいだって?」「よし、ではまずなぜアジャイルなのかを説明できるかい?」といった具合に。