書評。『「納品」をなくせばうまくいく』を読んで身を引き締める

「自分たちの持つ技術で、お客様に価値を提供し続ける」

このお題目を達成するのは様々な理由で実に難しく、それはSEになって20年の私も大いに実感するところです。それを「納品のない受託開発」という形で成し遂げようとしているソニックガーデンの倉貫さんが、ご自身のビジョン・戦略・ビジネスモデル・事例・現在のIT業界の課題までひっくるめ、読みやすくまとめてくれた本が、『「納品」をなくせばうまくいく』です。

 

「納品」をなくせばうまくいく ソフトウェア業界の“常識

「納品」をなくせばうまくいく ソフトウェア業界の“常識"を変えるビジネスモデル

 

 

私はここ一年新しい受託開発モデルの構築をミッションとしており、その過程で「納品のない受託開発」も研究させていただいております(おかげで社内の誰よりも「納品のない受託開発」について語ることができます)。

研究の結果たどり着いた結論は、「納品のない受託開発」というビジネスは、形だけ、一部分だけ真似ることはできないということ。恐らく「納品のない受託開発」の劣化コピーは、誰にとってもハッピーでないビジネスになります。

倉貫さんたちがすごいのは、大手と競合しないマーケットとビジネスモデル、質の高いエンジニアを集め育てることができるカルチャー、会社を小さく保ったままミームを拡散できるギルドというシステム、これらが精巧に組み合わさった合理的かつ、パッションにあふれるシステムを作り上げたことです。

劣化コピー禁止とはいえ、もちろん、参考になる考え方は盛りだくさんです。

まず、第5章2節の「納品のない受託開発を支える技術戦略」は、受託開発をはじめ開発能力をビジネスの源泉にする組織のマネージャに読んでいただきたいです。低コスト・短納期化する案件をこなすには、ここに書かれているような戦略的思考が必要です。

次に、第6章の「これまでの受託開発は別の業種」という一節は、受託開発ビジネスの経営者の方に響くと思います。戦略は、どうしても、お客様や事業ユニットとの関係、会社の中での位置づけ、全社経費ベースのコスト試算など、既存の何かの「積み上げ」を考慮せざるを得ないものですが、倉貫さんたちは、「アジャイル開発をビジネスに」というシンプルな理念を実現するために会社を作ってしまったようなものなのです。

それに至るまでの経緯詳細は、ぜひ本書を読んでいただきたいのですが、理念を持ち、それを実現するためには、何かを壊したり闘って勝ち取る必要があることを思い知らされます。

開発者の方は「エンジニアにとっての幸福な働き方は」の一節に共感を覚えるのではないでしょうか。「顧客とそのビジネスに寄り添う」ことに嬉しさを感じる方なら、このような職場で働きたいと考えるでしょう。

でも、本書にも書かれているのですが、そこは楽しくて充実はしてるけど、決して楽なわけではありません。常に最新の技術を追い求め、自律的でモラルを持った働き方と人生観が必要です。本物のエンジニアじゃないとついていけない世界かもしれない・・・。

 おっと、私にもすっかり「納品のない受託開発」のミームが浸透しているようです。本書から学んだことをしっかりと自分の中で咀嚼し、劣化コピーではなく、「自分たちの強みを生かした受託開発」を作り上げていきます。